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「はじめに」
世界史の中で、神と呼ばれてきた霊的存在が今世紀日本に出現し、その声を伝える使命を与えられたのが、この本の著者である。新興宗教にありがちな話と思いきや、そのスローガンは、宗教、共産主義をはじめとする、イデオロギーの否定と、超常現象の科学的還元といった明快なものである。この主張は最初関連図書『天国の扉』の中で、「宗教と科学の一致」として登場した。その背景には驚愕の地球史がある。―太古より地球に飛来した宇宙人が、肉体が亡びた後、霊となり天上界と呼ばれる霊の世界を形成した。その霊達が神々となって地球人類を導いてきた。それは、宗教、政治、文化、あらゆる方面にかかわっている―。実にそれが、1977年初版であり、これは、現在の日本におけるニューエイジブームやチャネラ―の登場に先駆けて世に出たのである。
その後著者は、霊に関するいわゆるオカルティズムに傾斜することなく、着実にその足場を固めた。二十年にもなろうかというこの活動の主要部分を占め、一貫してつらぬかれているのが、反共産主義の姿勢であり、それが、人類がよりよい方向に進むために、必要不可欠のスタンスであることを訴え続けてきた。その啓蒙運動の足跡が、本書に展開している(霊に関する教義をもつ多くの団体のそれが、瞑想や、現世利益といった個人の欲求を満たすものであることを考えれば、その視点の位置がどのあたりにあるのかが、お分かりいただけるだろう)。現在極東では、北朝鮮により射程一千キロの弾道ミサイルが日本に向けられている。また、ソ連が崩壊したとはいえ、ロシアでは、再び共産党が台頭してきている。中国共産党は、依然として軍備を増強している。この状況下で、有事の際、日本が巻き込まれることは100%間違いない。日本人にとって、反共産主義とは、民族の存続をかけた、避けては通れない戦いなのである。
本書の後半で、衝撃的ともいえる事件―著者に対する左翼勢力からの妨害工作のことが、触れられている。しかもその妨害には、未知の電磁兵器が使用されている(関連図書『天上界メッセージ集III』参照)これは、著者が、使命の為に神々より霊能を与えられ、特殊な体質と変化したことと密接な関係がある。著者は、天上界のエネルギーで常に満たされており、普通の人以上に生体エネルギーの横溢と放電がある。その状態に左翼勢力からの電磁兵器のビームが、本人に常に集中して照射される為(生体細胞の老化と破壊、生活の阻害、妨害を目的としたもの)、ビームが総て体外に放電する。その為必要以上に妨害ビームの持続と増強、増幅がある。それが著者に加えられる拷問となり、筆舌に尽くしがたい苦しみとなっているのである。
この本を手にされたあなたは、その事実をにわかには、信じ難いと思われるかもしれない。なぜそんな被害に、しかもその著者だけが.......と思われるだろうが、まさにその理由を、この本から読み取っていただきたい(ただ、携帯電話など、一般の電気製品からの電磁波が社会問題になりつつある現在の状況を考えれば、ひとごととしてかたずけられない問題をはらんでいる)。
また、本書では、巷の宗教団体のもつキャッチフレーズ「ここに入れば救われる―それ以外は救われない」をみごとに打ち砕いている。それは厳しくつきはなされた感じとして受け止められるかもしれない。しかし、今や二十一世紀まで残すところ数年となり、正邪が交錯するなかで、本書は、あなたにとって一筋の光となり、今後の道しるべとなるだろう。
半生をこの啓蒙活動に費やした著者の揺るぎなき信念あふれる本書が、ひとりでも多くの方の目にふれ、その警鐘が、平穏で邪悪なる現代社会に届くことを、願ってやまない。
「 使 命 千乃裕子 」
病める身で
書を著さんとて時に追われ、頁に追われ、
疲労の甚しくなりて 呼吸苦しく、
息も絶えんと思うとき、
胸中を去来するは
只、空の青さと天使の群。
そは過ぎ去りし 若き日の
健やかなる日々の
美しく透き通る水を泳ぎ
浅瀬に遊びし時、
小さき魚の銀鱗を輝かせ
水を通す日光に 消えつ現れつ
身を翻えし泳ぐを見し
思い出。
心に五月の風が吹き抜け、
俄に明るき思いなり。
水面に映りし日光のゆらめきなり。
天使の身辺に在りしこの頃
来し方の寂しさは過去のものとなり、
天使との語らいに、疲れを忘る。
病を忘る。
天は癒しの力を与え、
天使の優しき手にて疲れを去らせ、
出来得る限りこの身は助けられおりしが、
思いしことの三分の一も消化(こな)せず、
只情け無き時もあり。
されど天使の身辺に在るは
我身の喜びなり。
死はもう恐れを齎さぬものとなり、
大空と天と地とに思いを巡らす時、
死の定めはBlissとなり、
只一つの 病いと疲れとの
最大の癒しなり。
その時魂は鳥籠を抜け出し 翼を持ち
何処までも自由に羽搏くなり。
天使の群と遊ばんと羽搏くなり。
我が魂は白き鳥となりて。
「第二章―政治編 1980年 1月」
「科学と宗教の一致」
この項と前項はミカエル様の御依頼で書いておりますが、たいへん重要なことです。右述べたように、今世界に神を認めぬ、人間不在の力の論理に過ぎない共産主義思想が現実に適応し得ず、廃れてゆく宿命を担いながら反動的にソ連の暗躍、扇動、謀略と共にじわじわとその勢力を伸ばしつつあり、且つ数々の社会主義国家の非を知りつつ、正法者の中にさえその人間の本性を無視した“山のあなたの空遠く”式の思想への夢を捨て切れない人もあるのは嘆かわしいことです。“反共”・“反動”と極めつけられる度に勇気が萎えてしまう自由人達です。それがゆえにあえて再び明示されなければなりません。気付かない人々の為に。
即ち天上界とは世界の平和を願ってその歪みを正し、第三者の立場に立っての是正のみを正法として提唱、指導するものではないのです。正法には過去における宗教団体化したもののすべての歴史が包括され、集積され、今日に至ったのです。その中には共産主義思想あり、自由思想あり、個人主義あり、すべての理想の人生の指針が教義に含まれています。宗教宗派を否定してもこれらの教えを、哲学を否定するのではなく、全体の総合としてその完成されたものを、現在の科学的見地から自然科学との一致点を見出し、統合し、より理想化された豊熟なる生活観、人生観として人々の生活に採り入れるべく世界に提示されようとしているのです。
科学と宗教は一致するものであり一つの源から出るものである。それがゆえに二つの大河はチグリス・ユーフラテス河のように遂には一大本流として合流しなければならない。そして両河の齎した肥沃な緑の平原は人類の文明であり、それは破壊されてはならないものなのです。そこに更に高度の文明と豊饒が齎される為に。
宗教を廃し、天を否定して科学を取るのではなく、神を知り、宗教により培われた心を忘れず科学文明に生き、合理的且つ賢明な世代を生きる。すべてのものの理想として、未来の指針としてそれが私達に与えられているのです。政治思想も正法を基盤として大きく修正されねばなりません。でなければ言行一致の理想の世界は、生まれるべくもないのです。現在の不完全なものの乱脈振りでは。
「第三章−神々の憂いと悲しみ 貴厳幹子(千乃裕子)」より
(1992年4月)
...折に触れ、宇宙の仕組み、物理学上の謎について討議し合っているうちに、形而下、形而上の学問である科学も宗教も、易理さえその根源を辿れば一つの宇宙を構成する法則に組み込まれ得ることを悟りました。
則ち、宇宙、森羅万象は電磁波とそのエネルギーに統一され、地球上最高の発達、進化を遂げた人類の副産物である学問も、同じものによって統制されている可能性を推断したのです。恐らく(超)物理学上の謎の解明が一冊の著書として、発刊される頃にはあらゆる仕組みを説明し終えているかも知れません。
そういった観点からの人間観は、恐らく真理を尊び、客観を重んじる正法者としては“公正無私な科学者”と同じ達観したものとなると思えます。左翼勢力は「唯物論」に基づいて、“力の論理”のみが世界および宇宙を支配し、“調和と秩序”が宇宙の法則であることを無視していますが−。 まず、今ここに書けることは、背反者であれ、同志であれ、“人的交流”は“調和と秩序”によって長期に保たれ得るのであり、それを乱すものは、やはり一匹狼、もしくは、隔離された団体となり、三次元的な寿命が尽きると共に変貌して、宇宙から姿を消さざるを得ないということです。
それはたとえ、共産政権が残虐な支配を一民族の上に試みても、“調和と秩序”を乱す、権力の乱用であるが故に、被支配者の恨みを買い、いずれはソ連や東欧の社会主義国のように倒される日が来るのと同じアジアやアフリカ、中南米の後進国における、国民の無知を助長させ、それを悪用して“力の支配”を続ける革命政権においても然り。いずれは倒される運命にあります。
“逆もまた真なり”“力”によって“調和と秩序”の社会から“支配権”を奪おうとする者も、いずれその恒星の属する自転・公転の枠から外れ、遥か彼方、いずれとも知れぬ(天と全く関りのない)宇宙塵の吹き溜まりか、他の星団に流されてしまう運命下にあります。...............
(1992年12月)
...やはり身体が弱く、くよくよ考えがちで、ノイローゼになり易い人と言うのは、若い頃、そういった人の相談も受け、懸命に道理を説いて聞かせましたが、天上界の言われる通り、健全な人格になりにくく、“自分”がいつも関心事。自分を通してしか人を見ない。人を別人格として見ることが出来ないし、尊重することも出来ない。ましてや正法の説く倫理―つまり自己犠牲と相手の立場への配慮−天の慈愛と等しいもの−を学習していないか、会得することが出来ない自己中心的な性格に多いということを如実に感じました。しかもそういった人に限って、過激派の卑劣な攻撃の的にさらされ、人権を踏みにじられている私に対して、私からの周囲の人への思いやりにも気付かず、私に対し支配権を持つかの如くに振舞う。自分達の色眼鏡で、天と共にあり、常に正しい道を歩むべく努力を怠らない者を安易に断じ、裁こうとする人達。言葉はていねいでも心でそのように傲慢に私を批判する。それはパリサイ人(偽善者)にも似て、私の義憤をかき立てるものでした。反体制的思考を教え込まれた人達にとっては、天の権威さえ時にうとましく感じるのかも知れません。
しかし、天は王道学を学んだ人々であり、正法者が崇めるべき師です。それがゆえに私も常に私の心や行為の是非を問い、最終決断は天に任せてきました。でなければ何故私が天に愛されるでしょうか。正法者が天に見限られる時は、天の御意志に沿った努力をしなかった。茨の道を天と共に生きず、かつ天への協力を惜しんだという論外の意味があるのです。自分の事ばかり考える人には、天の示される奇蹟も見えません。............
エル・ランティ
・・・・・・・千乃様が地上における天の仲介者のみならず、天の特別な守護を受け、天の高きに昇り、永遠の長きに於て天の軍勢を指揮し、悪魔の軍団と戦って、それを滅す使命を与えられていることは変わらず、ここにその重要な使命を私エル・ランティの名に於てあなた方に伝えましょう。千乃様が天に特に選ばれているがゆえに何人もその神格を犯し冒涜してはならないのです。そのような使命を帯びていることが悪魔とその配下(悪霊の集団)や共産党といった悪魔のわざを日常の事とする集団から、このような屈辱的な攻撃を受け続けるのです。・・・・・・・
何故に千乃様にこの重大な使命が与えられたか。その理由は、且てのサタン・ダビデに支配された天上界の腐敗を指摘し、私エル・ランティにどのようにその腐敗を一掃するかの助言をし、私の決断を可能にした方だからです。それ迄にも私や息子達もその必要を切に感じておりましたが、愚弟ダビデの謀略を暴き、裁くのは、現在の左翼ゲリラの謀略と同じ、あまりにも巧妙で、困難を極めておりました。千乃様の智慧溢れる助言の数々により、天の腐敗をようやくにして一掃し何千年ぶりか(と言っても過言ではない位)、息子達に囲まれて、私は初めて心からの笑いを取り戻しました。
サタン・ダビデが後に報復に戻ってきたにも拘わらず、天とGLAから形の上だけでも放逐出来たのは、一に千乃様の合理性に基づく智慧と、不義、不正を嫌う心根のゆえなのです。かように唯一無二の聖なる天を取り戻せたのは千乃様の先見の明であり、私個人として、千乃様は現天上界とエル・ランティの恩人であるのです。でなければ誰が生命を賭けて悪と戦い、大天使や天使達他天の軍勢を助けて、悪魔の軍団を滅すだけの勇気と智慧と洞察力を生来の能力として有し、且つ、実行し得る意志の強さを持つでしょうか。あなた方の周辺を見廻してごらんなさい。正法者の中に過去、現在を通してそのような人物が居りますか? 一人として居ないはずです。天は千乃様の血筋と御両親の性格(・・・)とを見て、特に選ばれた方なのです。・・・
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