| 高校生C |
あの、人間というのはね、欲望的な面と精神的な面と、つまり、良い面と悪い面が誰にでもあってね。 |
| ミカエル |
はい。 |
| 高校生C |
それが人間というものだ、と納得してるのはいけないんですか? |
| 司会者 |
人間的な生き方を欲望の固まり、というふうに見てるわけね。いろいろな欲がある。 |
| 高校生C |
欲望... ...うん。 |
| 司会者 |
人間的な欲がある。それは人間的である。 |
| 高校生C |
それはあのー、人を愛することとかね、それは... ...。 |
| 司会者 |
それも欲望につながる... ...。 |
| 高校生C |
欲望になるのか... ...。 |
| ミカエル |
欲望というのは、すなわち、それは善の心ではございません。それはさきほどお教えしたように、自然の理想の生き方ではないのです。例えば、そうですね、貴女が本当に神の心を持って行動するならば、お金持ちになって良い暮らしがしたいとか、きれいな洋服が着たいとか、そういうことはなくなるのです。
それは実際に経験してみれば解ります。身を飾る、そういう欲望は自己保存です。すなわち、自分さえ良ければ他はどうでもよいという心ですね。欲望というのは自己保存なのです。自己保存というのは神の心ではありません。ですから、欲望があることが人間らしい、ということは間違いなのです。それは自分勝手な人間の考え方です。人間は生まれつき、欲望というものを持って生まれては来ません。どうやってそれを持つかというと、周りの人達を見て、自分より良い暮らしをしているから羨ましいという気持ちを持つのですね。別にその人は貧乏なわけでもなく、普通の中流家庭だとします。上流家庭の人が羨ましいと思うのです。自分が不自由しているわけでもないのに羨ましいということ、すなわち、この人が欲張りであることでしょう?自分はもうそれで足りているので、余計に良いものを欲しがっていることでしょう?そういうことは不自然なわけです。自分の能力以上に良いものを求めようとする。お金が無いのに贅沢をしたがり、そのために結局は盗みを働いてしまうことも起こりますが、このように欲望というものは善ではないのです。
人間は元来そういうものは持って生まれて来てはおりません。解りますか?ですから、欲望を丸出しにして生きるのが人間らしい、というのは間違いです。欲望を丸出しにして生きるのは動物の生き方です。解りますね?人間は善というものを考える力を、理性を与えられているのですから、それをよく働かせて生きれば、こういうことはなくなるのです。愛ということについて質問されましたね。人を愛するということには、二通りあるのです。
アガペーとエロスの愛です。エロスというのは、例えば、男女間の愛のような愛憎の感情がともないます。ここに、或るカップルがいたとしますね。お互いに愛し合っているうちはよいのですが、片一方が心変りしたとなると、片一方はそれを憎みますね。憎しみに変るような愛のことをエロスの愛というのです。エロスの愛には、絶えず相手が心変りしてしまうのではないかというような不安がつきまとい、その愛には安らぎがありません。ですから、同じ愛を持つにしても、エロスの愛よりも、アガペーの愛を持つ方がよいのです。アガペーの愛というのは神の愛のことです。ですから、いま述べた例をとって説明しますと、この人が心変りしても、この人は相手の人が幸せならそれでよい、というふうに思うような心が... ...ちょっと違いますがアガペーの愛なのです。アガペーの愛というのは神の愛、すなわち理想の姿の愛です。ですから... ...。 |
| 司会者 |
自己中心的でなくて、与える愛ね。 |
| ミカエル |
そうです。 |
| 司会者 |
神様のように与えるだけの愛ですね。 |
| ミカエル |
そうです。自分では何も求めませんが、他人に与えるだけの、他人が幸せになればよい、というような愛のことをアガペーの愛、神の愛というのです。お解りになりましたか? |
| 司会者 |
ということは、精神的なもののほうがよいということ。 |
| ミカエル |
そうです。単に肉体的なものは種族保存のためだけです。本当の愛を知ったならば... ...。あなた方は残念ながら、本当の愛というものには、まだ巡り会ってはいられませんね。 |
| 司会者 |
それから、もう一つ、それを伺っていると、えー、一つの疑問が浮かびあがってくるのですけれども、動物達というものは、種族保存のためにだけ生きていて、アガペーの愛を知りませんね。 |
| ミカエル |
はい。 |
| 司会者 |
それが人間だけに要求されるのは、どういうことなんでしょうか?自然に沿って生きよということは、種族保存という人間的な生き方も、認められるべきではないでしょうか? |
| ミカエル |
そうです。認められるべきですが、それはエロスの愛ではなく、アガペーの愛を前提としてそういうことが行なわれることが理想なのです。そうして、このアガペーの愛が前提となっているならば、例えば、離婚や、子殺しや、子捨てや、そういうことは無くなるでしょう。 |
| 司会者 |
それは人間であるがゆえに、求められるわけですね。 |
| ミカエル |
そうです。 |
| 司会者 |
理解することができるから。 |
| ミカエル |
そうです。 |
| 司会者 |
動物は理解ができないから、同じようなことをしていても、自然の成り行きだ、とそういうふうに見ているわけですね。 |
| ミカエル |
そうです。あなた方は理性というものを与えられています。ですから、その理性をよく働かせてものをよく考えなさい。感情に押し流されてはいけません。感情に押し流され過ぎると、欲望がでてきて自己保存につながり、挙げ句の果ては自分の破滅につながります。 |
| 司会者 |
それからもう一つ、私が、私自身解釈していることですけれども。 |
| ミカエル |
はい。 |
| 司会者 |
人間というものは、動物と同じように生きていると、動物より以上に残酷なことをします。 |
| ミカエル |
そうです。 |
| 司会者 |
自己中心的な。 |
| ミカエル |
そうです。そういう考え方ができるからです。 |
| 司会者 |
はい。だから、えー、それがあるがゆえに、アガペーの愛が大切なー。 |
| ミカエル |
余計に要求されるのです。 |
| 司会者 |
精神的な生き方を要求される。 |
| ミカエル |
そうです。 |
| 高校生D |
あのー、一番ね、人間的であって、そして一番人間的でないというか、そういうなんというかな... ...。 |
| 司会者 |
精神が高度であるという意味で、人間的であってー。 |
| ミカエル |
そうです。 |
| 司会者 |
人間という動物的なものを持った、いわゆるー。 |
| 高校生D |
人間! |
| 司会者 |
世間の人が理解している人間というものじゃいけないとー。 |
| 高校生D |
というものじゃない... ...。 |
| ミカエル |
そうです。そういう生き方が理想なのです。そういう生き方をしていれば、悩みも苦しみも何もありません。信じることが、そのアガペーの愛というのは、他人を信じることにもつながりますし。ですから、さきほど述べたようなことは起こりません。解りますね? |
| 司会者 |
そう、悪の思いを持っていたら、人から同じものが帰って来るから、他人を苦しめるけれども、自分もそれで苦しめられる。 |
| ミカエル |
そうです。 |
| 司会者 |
傷つけ合うからですね。そういう破壊的な世界よりは、お互いに思いやっていくほうが、平和な生活が送れる、ということをね、神様はおっしゃってます... ...。 |
| ミカエル |
そうなのです。 |
| 司会者 |
神様と言って、また、間違えました。天国の方がおっしゃられてる。 |
| 高校生D |
あのー、神様ということなんですけれどね。自分の心の中に神様がいて、その心が広がるから、神、すべてが神なんだと考えてもいいんですか?造ったからでなくて、なんというのかな、まわり... ...。 |
| 司会者 |
いえ、だから先刻おっしゃったでしょ?神というものは善我なる自分の心である。 |
| ミカエル |
ですから、神様が自分の心にいらっしゃるのではなくて、神の心を持った自分が自分の心の奥底にいるのです。それをあなた方は、今、一つ一つ、そのベールをはがして行って、発見するに至るでしょう。 |
| 司会者 |
では、この辺で米本講師に代わってお話していただきましょう。現象はここで終わります。ミカエル様、長い間お話し下さいまして、たいへん有難うございました。 |
| ミカエル |
どういたしまして。たいへん楽しい時間を持つことができまして幸せに思っております。 |