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「第1章 自由な心 ラファエル
自由な心についてお話ししましょう。
正法は宗教ではないというのは、悩みや苦しみを神に預けず自分で解決するということともう一つ、自由な意志によってなされるものであるという二つの点から成り立っています。
自由意志でなされるということは、宗教のように絶対的服従によってユートピアを目指すのではなく、一人一人が“ユートピアにしたい”と心から願い、動く姿勢です。
何かに強制されるのではなく、自らすすんで歩いてゆくのです。
それ故に正法は縛るものではなく、解き放つものなのです。何をするにも自らやらなければ無理が出ます。そして自ら自己を魂の研磨にかけるが故に難しく辛いのです。
自由というのは義務と責任を負うての上のものであるのはこのためです。正法的な意味での自由とは他人の自由をも守る自由であること、つまり、自己の欠点や偽我を放置するものであってはならないのです。
自由な心と、柔軟な心とはどう違うのでしょうか。
ごまかそうとせず自己を見つめるのが自由な心なら、柔軟な心は他への理解の助けになるものです。となりの人に対して悪いことをしたとき、自分が悪かったと認められるのは自由な心、“悪かった、もう二度としない、どんなにあの人は傷付いたろう”と考え、謝れるのが柔軟な心です。」
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