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エルアール出版
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『天使の群(エルバーラム)』本文の抜粋

「第二章 高次元の方々」より「自己犠牲について」
ミカエル大王

 「私はミカエルでございます。今日は自己犠牲についてお話したく思います。
 数ある人間の行為の中で何が最も美しいか、何がもっとも天の波動に合うか、御存じでしょうか。それは裏に自己賛美の心がない自己犠牲です。
 裏に自己賛美のない自己犠牲とは、どのようなものを言うか。
 たとえて申し上げるならば、去年のクリスマスにイエス様がおっしゃたように、自分がいかなる苦難に置かれた時であっても、他に尽くす心を忘れない、その心から出る行動なのです。おわかりでしょうか。
 今までの人類の歴史の中でも、そのような人は数少なかったのです。自己犠牲をする人はありました。だが、その人々は、裏に自己賛美の心を隠し持っていたのです。キリスト教徒の中にもそのような人が沢山あり、自己犠牲のその後に必ず祈りを捧げました「神様、どうもありがとうございます」。そのような祈りを私達はどれほど聞いた事でしょうか。キリスト教徒だけではなく、仏教徒においても、そのような祈りは聞きました。だが、そのような祈りは、自己犠牲の中でも下劣なものであり、私達はその者の心の中に自己満足しか読み取る事は出来ませんでした。
 さらに、そのような者の祈りの中には何が含まれているか。それは、真に反省すべき点を天に向かって言うのではなくて、人に対しても言う事の出来る、自分の恥ずかしくない所だけを述べる祈りでありました。そういう心は、あなた方の中にも、身に覚えがあると思います。
 真に神を信じる者ならば、自分の恥ずかしい点をも私達に対して、言う者でなければならないのです。
 さらに自己犠牲とは、神に対する素直さ、謙虚さを必要とします。謙虚さ、素直さと申し上げるものでも、何に対して謙虚、あるいは素直でなければならないのか。人に対してそうなるのではありません。神に対して、天上界に対して、あるいは真理と呼ばれるものに対して、謙虚でなければならない、素直でなければならないのです。そうであってこそ初めて、悪に対して拒否反応を示す事が出来、拒絶する事が出来、戦う事が出来るのです。おわかりですか。
 自己犠牲のない人間は、存在価値はありません。人間としての価値を持たないのです。...」